BY:氷高颯矢
月の曜日、フィスとシャカーラはトリスタンに呼び出しを食らった。
「やぁ、待っていたよ」
「あの、トリスタン様?」
「それは…何ですか?」
2人の視線はトリスタンの持つ奇妙な箱に向けられた。
「シャカーラ、君は《ダイヤ》専攻だったね?」
「はい」
「じゃあ、これは君が使いなさい」
トリスタンがシャカーラに箱を渡す。
「これは『キャットバーン・ホイホイ』さ」
「「キャットバーン・ホイホイ〜?!」」
「『乙女の絹糸』を元に作った強力なゲル状物質が内蔵されていて、勿論それは元の属性を受け継いだものだから無限に伸びて切れることはない。あと、自動的に形を戻す『形状記憶魔法』をかけてあるから、どれだけ逃げても結局、箱の中に戻される仕組みになってる」
説明を聞いただけでこのアイテムがどれだけでたらめに凄いのかが分かる。だが、1つだけ疑問点が残る。
「あの、キャットバーンは…」
「体長2M(メーテル)だっけ?大丈夫、その点は抜かり無い。持ち運びしやすい様に縮小の魔法をかけてあるんだ。解除すればかなりの大きさになると思う」
「解除…ですか?」
「そう、一言《解》って言えば解ける…」
ボンッと音を立てて『キャットバーン・ホイホイ』は5×7×3.5Mの大きさに戻った。咄嗟に箱を手放したおかげで事無きを得たが、シャカーラの顔色は蒼白だった。そして、トリスタンの部屋はずいぶんと風通しの良い部屋になった。
「あ、ゴメンゴメン。つい解除しちゃった。もう1回掛け直すね」
トリスタンは悪びれもせず、しれっと呪文を唱える。すると、再び小さな箱に戻った。
「トリスタン様、質問が…」
「何だい、フィス?」
「これを使うのは良いのですが、帰りはどうやって処理すれば…」
トリスタンはパクパクと口を動かすと大げさに「ああっ!」と指を振り下ろす。
「それは失念していたな。じゃあ、自動的に爆発する魔法を掛けておくよ」
「えっ?」
既にトリスタンの詠唱は始まっていた。もはや誰も彼を止められない。
「キャットバーンが掛かったらその5分後に爆発するようにしておいたから」
にっこりと微笑うトリスタン。フィスとシャカーラは悪魔の微笑みを見たような気がした。
「じゃあ、健闘を祈る」
K専用寮である『菖蒲寮』を後にしたフィスとシャカーラ。
「あとはキャットバーンのみだ。ノアルージュのジャムも霊水エクリタシアも作って保管してある」
「そうか。それなら、分担で行くとボクがキャットバーンを仕留める番だな」
「…私も同行しよう、シャカーラ」
「――っ!」
シャカーラがキッと睨む。
「今は競争心を出している場合じゃない。組んでいる以上、協力するのは当然だ」
「…当然、か。建て前だとしても筋は通っている。わかった。拘るのはやめにして共同戦線と行こう」
シャカーラはそう言うと、フィスに背を向けたままピタッと立ち止まった。
「少し準備が必要だ。1時間後にここで落ち合おう」
シャカーラはそう言うと女子寮に帰って行った。
「…あれでも一応、女子だしな」
(モンスターの出る森に1人で行かせるのは、男として、流石に問題があるだろう?)
寮に戻る途中、フィスはどこかに出かけようとしているセイフォン達に会った。どうやら学園の馬術場から馬を借りてきたらしい。セイフォンが連れているのは青毛の馬で、リズリーが連れているのは鹿毛だ。
「フィス」
「セイフォン、出かけるのですか?」
「ああ。最後の課題は狩りを行わねばならないのでな」
「そうですか…では、気をつけて行って来て下さい」
そう言うとセイフォンはにっこりと微笑った。
「フィスも課題、頑張るのだぞ」
「ええ」
特に会話もせずにリズリーは会釈のみをフィスに返した。フィスは別段、気にも留めてなかったが、リズリーの中でフィスはセイフォンの彼氏として認識がされた事は言うまでも無い。(リズリーはセイフォンを女の子だと思っている)
「…頑張ろう」
コーネリアは馬を引き連れたリズリーとセイフォンを見て驚いた。
(お…大きい…!)
実はコーネリアは少し動物が苦手なのだ。(大きくて吠えるのがダメ)セイフォン達が連れてきた馬はきちんと調教が施されているので、突然いなないたりはしないが、近くで見ると乗馬を嗜むものでなければその大きさに圧倒されても無理はない。
「コーネリア、狩りもさる事ながら移動には馬を使う。向こうに着いたら安全そうな場所で待っていれば良いだろう。現地まではどちらかと一緒にに乗って…」
リズリーの説明を待たずにセイフォンが馬から下りた。
「私が乗せよう。乗馬は得意なのだ」
セイフォンはにっこりと笑った。
「こっちだ、コーネリア」
セイフォンはコーネリアをふわりと抱き上げる。
「さぁ、私の肩を使って馬に乗るんだ」
「えっ…う、うん…」
コーネリアは大丈夫かな?と不安に思いながらもどうにか馬に乗る事ができた。セイフォンは鐙に足をかけると彼らしからぬ颯爽とした動きで馬に乗る。
「よし、では行こう」
コーネリアはちらりと見たセイフォンの横顔がちゃんと男の人の顔に見えたのが不思議だった。
(こうして見るとちゃんと男の人なのにな…)
サガンの森はセントゥル島の中で最も北にある森だ。馬で移動しても1日は掛かるだろう。しかし、カチャトリアが生息するのはその森だけなので遠くても行かざるを得ない。
「う〜」
コーネリアは慣れない馬に乗ったのとセイフォンと密着しすぎた所為ですっかり酔ってしまった。(完全にフェロモン酔い)
途中、休憩の時などはリズリーが膝枕をしてやり、横になったりした。そういう時、セイフォンは少し離れた場所から様子を見ている。(近付くとリズリーに怒られるから)
それでも、乗馬が得意だと豪語するだけあって馬の扱いは上手だった。コーネリアはリズリーに乗せてもらいたがったのだが、リズリーがセイフォンに乗せてもらった方が安定するという理由で却下した。
サガンの森に着く頃にはもう日も傾いて薄闇が広がり始めていた。
「森の中で1泊するしかないけど、どうしよう?」
「ん?こういう時は火を焚くのだろう?」
「それはそうなんだが…野営する時は結界を作るか交代で見張りを立てるかになるんだが…」
ちらりとリズリーは二人の顔を覗く。
「結界を張る事ができたりは…」
「しないな!」
「…できません」
リズリーはため息をついた。
「じゃあ、交代で見張りを立てる事にしよう」
リズリーの決めた順番はこうだった。まず、コーネリアが見張りをし、二人は仮眠を取る。次にリズリーが見張りをし、最後にセイフォンが朝までを受け持つ事になった。
同じ頃、中の森からラシュ山にかけての道をフィスとシャカーラは歩いていた。手には『エヴァフレイムのランプ』。
「キャットバーンの住処はまだ先か?」
「ラシュ山の麓の洞窟だと聞いている」
「その情報、確かなのか?」
「恐らく…」
会話が続かない。黙々と山へ向かう。
「この辺りで良いだろう」
すっかり真夜中になった頃、シャカーラが『キャットバーン・ホイホイ』を設置する場所を決めた。
「行くぞ、《解》!」
その言葉を発すると小さな箱だったものが大きな家のような形の箱に変わった。
「明りを落として身を潜めるぞ」
シャカーラは真っ黒な布でランプを覆った。辺りが闇に包まれる。
「シャカーラ、こっちへ来い」
「何だ?」
「もっと近くに寄るんだ」
グイッとフィスはシャカーラを引き寄せる。背中から抱き竦めるような格好でシャカーラはフィスの腕の中に収まった。
「放せっ…!」
「静かに…!夜の風は闇色のヴェールを翻し、獣の瞳を眩ませる。沈黙は闇を深くし、静寂をもたらすだろう…《隠》」
フィスが唱えた呪文は隠形の術だ。今、まさに2人は闇色のヴェールでもって守られているのだ。問題は術者にのみ有効な為、フィスと密着している事が発動条件なのだ。
「安心するんだな、お前のような女は一分も私の趣味ではない!」
「…誰もそんな心配はしていない。貴様が隠形の術を掛けた事くらいボクにだって分かる。だが――頭では分かっていても身体が拒否反応を示すのは仕方がないだろう」
シャカーラはわなわなと震えていた。この体勢はかなりの屈辱らしい。抱きしめている方のフィスは冷静にこの状況を分析していた。
(こうして見るとシャカーラは小さいんだな…いつもミハトと一緒にいる所為かそんな風に思った事はなかったが…)
シャカーラよりもミハトの方が身長が低いのだ。そのせいで気にした事がなかった。ほっそりとした身体は華奢で発育不良気味ではあったが、男子の骨ばった身体と違って柔らかだった。
(……シャカーラも、一応は女子だったんだな)
フィスの持つ女子のイメージは彼の敬愛する姉もさる事ながら、同級生ではナターリアのようなタイプをそうだと捉えていた。それが、こんな風に密着する事によって急激に書き換えられて行く。
「…ス、フィス!」
ハッとしてシャカーラの方をを覗き込むと、シャカーラが目配せをした。視線を移すと、キャットバーンが箱の傍に来ていた。
キャットバーンは翼を持った猫の怪物だ。ただし、その顔は中年から老人の間くらいの人間の顔をしているのだ。そのキャットバーンがしきりに箱の匂いを嗅いでいた。
そして、ゆっくりと中に入っていった。
――ギャギャッ!
どうやら、内部に設置された罠に引っ掛かったらしい。
「よし!開け、風の門!天は息吹をもって祝福を与えん!《形成翼翅》」
シャカーラの背に風の翼が宿る。地面を蹴ってシャカーラも箱の中へ飛び込む。箱の中には半透明の糸に絡め取られてもがくキャットバーンの姿があった。
――ギャギュッグァウ!
キャットバーンは突然現れたシャカーラを威嚇する。爪で攻撃を仕掛けようとするが、糸が絡まっていて身動きできない様だ。ピィンと立てられた尻尾を確認すると、
「行けぇっ!」
シャカーラはブーツに取りつけてある仕込みナイフを出し、空中で横に一回転するように身体をひねり、その反動でキャットバーンの尾を切り取った。
「――っ!…セーフ」
せっかくの尻尾を落としては元も子もない。何とかシャカーラは空中で拾う事に成功したが、キャットバーンに近付きすぎた。
――ギュァ!
キャットバーンが口から酸のような液体を吐きつけたのだ。
「くっ…!」
瞬間的に熱さが、そしてじわじわと痛みがせり上がってくる。どうやら毒が含まれていた様だ。
「とにかく、ここを出なければ…爆発が…!」
シャカーラは箱から急いで脱出した。
「フィス!ボクに掴まれ!飛ぶぞ!」
シャカーラはフィスの腕を取ると急上昇した。見る見るうちに地上が遠ざかる。完全に森を突き抜けた瞬間、眼下に爆発が見えた。
「凄まじいな…」
ポツリとフィスが感想を述べる。
「そろそろ呪文の効果が切れる…向こうの岩場に降下する…ぞ」
シャカーラが苦しげに言葉を紡ぐ。不安定な飛行で何とか岩場に辿りつく。地上に降りた瞬間、シャカーラが倒れた。
「危ない!」
フィスは咄嗟に岩盤との間に身体を滑らせる様にして抱きとめた。抱きとめた身体は熱くなっていた。ゆっくりとその場に横たわらせる。良く見ると肩口の部分の服が酸によって溶けて素肌が見えていた。色の白いシャカーラの肌が赤く腫れ上がり、一部は皮が捲れて血が滲んでいた。
「酸にやられたのか…確か、キャットバーンの吐く酸液には毒性があったな…」
(障害解除の呪文は会得していない。毒消しの薬草はあるが…)
毒消しに効果のある霊薬ギルトナーシュは演習の影響でどこも品切れ、そして、その材料も同じく品切れ状態だ。一から精製するにも材料さえ手に入らないのでは手の打ち様がない。普通の毒と違ってモンスターの持つ毒はいくつかタイプが異なり、普通の解毒剤では効く物と効かない物があるのだ。
(これで解毒効果が得られるかが問題だな…まぁ、何もしないより少しはマシだ)
フィスは持っているナイフを取り出し、それをエヴァフレイムの炎で炙り、シャカーラの傷口を開いた。血が滲み始める。その傷口に唇を当て、毒を吸い出しては吐き出す。
「…こんなものか。後は…」
止血をし、薬草を傷口に練り込む。そして、ハンカチを裂いて包帯の代わりにした。
「今夜はここで野宿か…」
フィスはシャカーラに自分のマントを譲ると、周囲に結界を張り、ランプの炎を見つめて夜を明かした。
一方…交代で見張りをする事になったコーネリア、セイフォン、リズリーの3人は――。
「そろそろ、交代だな」
ふぁ〜っと欠伸をしつつ、リズリーはすやすや眠るセイフォンを起こしにかかった。
「おい、セイフォン、交代だ」
「ん〜…」
なかなか起きないセイフォンに痺れを切らして、かなり乱暴に揺さぶる。すると、バチッとセイフォンの瞳が見開かれた。その瞳は怖いくらいの深紅!
「誰だ?私にそのような口を利くものは…!」
「…セ、セイフォン?」
その表情はいつもの雰囲気とは全く違う、異質なものだった。まるで、別人だ。冷酷な支配者の瞳。
「見張りの時間だ。交代にすると言ったじゃないの」
「……」
瞳が揺れる様に瞬きをした。そして、次の瞬間にはいつものセイフォンがそこに居た。
「…?どうかしたのか、リズリー?」
「セイフォン…」
何故かホッとした。
「…怖い夢でも見たのか?」
「いいや…そうじゃない。けど――そうなのかもしれない」
「ヘンな事をいうものだ」
セイフォンは不思議そうにしている。リズリーは安心して、寝る事にした。セイフォンは欠伸をしながら、夜明けまで見張りを勤めた。
素敵な快晴にコーネリアはう〜んと伸びをした。
「おはよう、リズリー、セイフォン」
「…おはよう、コーネリア」
「おはよう」
朝まで見張りだったセイフォンは少し眠そうだ。
「さぁ、カチャトリアを狩りに行くよ!」
リズリーがセイフォンの背中を叩く。
「うっ…あ、ああ」
コーネリアは初めてリズリーが微笑んだのを見た。
(あれ…?何か、今の…)
3人はカチャトリアの生息場所へ向かう。カチャトリアはヌートリアに似た動物で、毛皮にすると良い毛並みをしているらしい。もっとも、生息しているのはこのセントゥルだけなので、あまり世には流通していない。
「罠をいくつか用意したんだけど…」
「…もう要らないんじゃないの?」
「た…助け…毛が!毛玉が…!」
カチャトリアは集団で移動するらしく、ちょうどその移動中に出くわした。そこで、セイフォンを見つけるなり集団で擦り寄ってきたのだ。
「魅了体質って、厄介だね」
「うん…」
女の子2人は黙って弓を引いた。
目が覚めると隣に見慣れたメガネの男が座って寝ていた。
「…っ!ん?これ…」
シャカーラは起き上がるが、痛みを感じて肩口を押さえた。手に布の感触。手当てが施されているのに気がついた。
(フィスがやったのか…)
余計な手を煩わせてしまった事にシャカーラは恥じた。
(女だからとか、そういう事で…気を遣われるのはイヤなんだっ!クソッ!)
膝を抱えて座ると、顔を膝の上に伏せる。はらりと髪が揺れる。その髪のカーテンの隙間から男の横顔を盗み見た。
いつも刻まれている眉間の皺が今はない。年齢よりも少し大人びて見える顔は眠っていると案外幼かった。
(…だが、礼は言わなければいけないか…)
シャカーラはすっくと立ちあがるとフィスの膝を軽く蹴り飛ばした。
「起きろ、フィス!」
「…うっ!――シャカーラ!」
「夜が明けた。早いトコ切り上げてしまうぞ」
すっかり調子を取り戻したシャカーラにフィスは安堵する。
「ああ、そうだな」
シャカーラはどんどん先に行ってしまう。フィスはまだ寝起きで反応の鈍い身体を半ば無理やりに動かし、付いて行く。すると、途中でシャカーラがピタッと立ち止まった。そして、クルリと振り返る。
「…一応、礼は言っておく。ありがとうな…」
照れくさいのかすぐに向き直って歩き出すが、急に早足になった。フィスは余りにも珍しいものを見たせいで一瞬、フリーズしてしまった。
(もしかして、今のがこの演習中、一番の収穫かもしれないな…)
フィスはそう思った。今まで、シャカーラのこんな風に素直な所は見た事がなかった。
(ただの嫌味な女だと思っていたが…少しは可愛げもあるらしい…世紀の発見だな)
こうして、フィスとシャカーラは無事に課題を提出する事に成功した。
「フィス=セイグラム、シャカーラ=ベルジュ、共にこの僕、マリウスが指導する雪組で学ぶ様に!雪組は常に優秀でなければいけない。精進を怠らないように!」
マリウスが顔に似合わず厳しい口調でそう告げた。言い渡された2人はすこし複雑だった。
「まさか、貴様と同じ組とは…」
「お互い様だ」
結局、少しも変わらない。憎まれ口を叩き合う関係。しかし、学問以外に興味を示さなかったフィスにとって、どんな理由にしろ関わり合っている関係が成立している事が、本当は貴重なのだ。
「…可愛くない女だ」
ふ〜っとため息をつく。だが、その表情からは好意的な感情が読み取れる。
どんな形にしろ成り立ってしまった関係は、やがて、いびつに形を変えて行くだろう…。
何故なら世界は常に回っているから!
はい、ついに4話目です!
ようやくあの2人の組み分け演習が終了しました。
セイフォンの結果の方はオマケとしてアップしましたので、
いつものように蝶をクリック☆
凄い今回は女の子との絡みを増やしたつもりです。
でも、今回書いてて一番楽しかったのはトリスタン!
ヤバイ、あの人格好イイよ!
マッド最高〜♪